2008年05月01日
和の器
和の器 最新保存版 (家庭画報特選) に紹介されています。
2008年03月26日
きっかけ

物を作るときの個人の力はささやかなものだと考えています。しかしそれを作り出す個人のちいさなきっかけがなければ生まれないかたちがあるということを大事にしたい。子供が生まれてから、ますます強く感じていることです。
2005年08月03日
佐竹康宏さんのこと
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石川県山中の木地師であり作家の佐竹康宏さんの工房「千樹」で轆轤の講習を受けてきました。刃物作りを中心に忙しい中、お弟子さんでもある2人の息子さん達を巻き込んでの大騒動。大変お世話になりました。講習の中で、技術はもちろんのことですが、木や漆に対する姿勢、作品に対する姿勢を伝えていただいた様な気がします。実践にはなかなか至りませんが、初めて轆轤に立ち向かった時の新鮮な気持ちでもう一度制作できるような予感に興奮しています。
2005年06月12日
虹
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雨があがって、少し空が明るくなったので外へ出てみたら目の前に虹が出ていました。虹から左側が明るく、よく見ると右側にはもうひとつ虹ができていました。刻々と変わる空の景色に見とれながら、今日は自分の誕生日だということに気がつき、思わず虹に願いをかけてしまいました。
2005年06月08日
レイ・ブライアント


昨年個展をさせて頂いたアルゴノートでのコンサートに行ってきた。「レイ・ブライアント ライブ」 オーナーの菊池さんを知るごく親しい人たちが集まってのホームパーティーの様な雰囲気の中、体の大きなレイ・ブライアントがすぐそこのピアノの前に座りました。ジャズ評論家の児山紀芳さんの解説つきで、休憩もそこそこに2ステージをたっぷりと楽しみました。こんな贅沢なライブはちょとないのでは?という夢のようなライブ。楽しかった。
2005年04月23日
コトポット
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鈴木寿一さんの粉引きのポットを買った。ことぶきさんと呼んでいる鈴木先生は、大学予備校時代に大変お世話になり、その後もずっとなにかと縁があります。そして現在もことぶきさんの器がいつもなにかを教えてくれています。色々と使わせて頂いていますが、軽くて使いやすいのはもちろんのことですが、その人柄が表れた器の姿が目を楽しませてくれます。
今回購入したポットはことぶきさんにちなみ、コトポットと名前をつけました。
2005年03月08日
エマニュエルのこと
その昔、大学の入学とともに知り合ったのがフランスからの油画の留学生エマニュエル。在学中よくアトリエへ遊びに行っていた。アトリエにはキャンバスに地球儀やラジオまで貼付けた絵があり、びっくりしていたのですが、そのキャンバスに塗られている油絵の具の色彩の美しさに気がついたのは少し経ってからでした。
大学では作業所の様な空間での仕事だったので、油画のアトリエが心地よく、よく足を運んだ。油画といっても近頃は絵を描く人は少ない。現代美術の仕事をしてる人が多い中で、キャンバスに向かって、人物や風景を描いているエマニュエルが格好良かった。上手さや綺麗さを求めるような絵ではなく、絵の心で物をとらえているといった絵。見ているとデッサンなどを中途半端にお勉強してしまったことを後悔してしまう。
時々、絵が見たくなる。作者がこのキャンバスの前にいたんだと実感する。作者の視点を追体験できる絵は、本物でしか体感できない魅力がある。フランスにいるエマニュエルのアトリエを訪ねたくなった。
2005年02月23日
訪問
大学で指導頂いた、大西長利先生の工房へ行った。作品を預けていたのを、引き取りに行くという口実でしたが、久しく会っていなかったので、話を聞きたい気持ちでもありました。突然の訪問にもかかわらず、午後からたっぷりと暖炉に薪をくべながら、たくさんの話をしていただき、夕食までごちそうになりました。先生の工房(願船漆工房)は自然に囲まれた心地よい空間で、そこに居るだけでも、清々しいのですが、漆の作品が飾ってある部屋は、古い柱の色や畳に朱色の器が映え、独特な空気感に包まれます。その日の夜はかなり冷え込んだのですが、その寒さや、静けさが、特別な空間と時間を演出してくれたような気がしました。
2004年11月26日
漆の色
漆の色と言えば朱や黒を思う人は多いでしょう。初めて漆に魅力を感じたのは黒の鏡面でした。すい込まれる様な艶に、今でも魅せられますが、漆に実際触れて製作するようになってからは、朱色に魅力を感じています。朱色といっても、その色の幅は広く、色々な朱色があります。作っていくなかで、不思議なのですが、どうしても朱色でなくてはいけない形があります。そんな時、形には色や文様が備わっているかのような気になります。おおげさかも知れませんが、色や形や文様がばらばらではなく、一体となって生まれてくるような時、それは私という個人の感性を超えたところで、生まれているような気がします。
2004年10月24日
椀
お椀の形は昔から変わらないように思えますが、古い時代椀などの資料を見ると多種多彩ではあるもののやはりその時代を映す形をしています。現代のテーブルと椅子での生活では、さらに形は変わってきています。器を作り始めたころは、お椀にこだわるあまり、しばらく発表しない気持ちでいました。いい形とはなんだろう。お椀の決定版を作りたいと息巻いていました。今は少し力を抜いて、気持ち良く作りたいということと、お椀の形がどうこうというよりは、器があることで、そのまわりに心地よい空間がうまれることを目指しています。最近は何かを作ろうとする時、フォルムを追うのではなく、そのまわりの空間のたたずまいを意識して制作しています。
2004年10月15日
盆栽
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盆栽作家の方に盆栽を特注した。特注したといっても、大きさぐらいで、偉そうなことはいえないのですが、想像以上に可愛い盆栽を数種作って頂き、「盆栽を特注した」という感覚に我ながら酔ってしまいました。気に入っています。
2004年10月10日
緑のデザイン
最近造園の仕事が気になります。以前住んでいた市で「町にアートを」といった趣旨の企画がありました。駅前に美術作品が設置されると聞いた時、私は、殺伐とした道路に木を植える、植栽に予算を使ってほしいと願いました。狭い空間にモニュメントはいらないと。
しばらくして、芸術大学の学生や先生の小彫刻が歩道に設置された展示スペースに並べられ、ライトアップされた。しかし歩道に飛び出した金属の作品は凶器となり、作品はすぐに怒った市民により壊されてしまった。市民の税金で市民の為に設置された作品が市民の手で壊されるという悲劇。「町にアートを!!」というかけ声と、作りたいものを作りたい学生と、なんとなくな企画が招いた悲劇に思えたのです。
木陰を作り、人が集まる場所はつくれないか。一時のイベントではなく、長い目で見て町の景観を作りあげる。市民もそれに惜しみなく協力し、参加できるシステム作り。それもひとつの芸術活動ではないだろうか。造園の仕事は忍耐がいる。10年、20年先の風景を見ている人の目を持ってみたいと思う。
2004年10月05日
ちゃぶ台
学生がちゃぶ台を作った。古いちゃぶ台を観察し、自分の生活と照らし合わせて、新しいデザインを考えていた。考えれば考えるほど、その完成された構造と形に新しいデザインの余地がないと気が付いた様子だっだ。しかし学生が作ったちゃぶ台はちゃんと現代のちゃぶ台に仕上がっていた。ほんのわずかな足の形、幕板や天板の厚み、面の取り方、足の構造が作り出す空間の形、その選択の積み重ねが、デザインなのだということ。写真に撮ってしまえば、その制作に立ち会わなかった人は、普通のちゃぶ台にしか映らないかもしれない。雑誌のグラビアや展覧会でフォトジェニックに映るデザインだけがデザインではない。なんでもないちゃぶ台にはデザインの入る余地がないということよりも、デザインの可能性や新しい形へのヒントがあふれているということに、こちらが改めて、気付かされた。
2004年09月27日
漆かぶれ
漆を扱うと、今でもかぶれます。一番最初に触れたときは全身が腫れましたが、今では付いたところだけがかぶれます。かぶれると、かゆみがあり、赤く腫れ上がり、しばらくたって、かゆみとともに腫れが引き、場合によっては皮が剥けて、つるつるの肌になっておしまい。掻いたりしなければ痕になったりすることはない。漆のかぶれは何か交渉の余地が残されている様な気がするのですが、化学塗料や接着剤などによるかぶれはそうはいかない。どうしようもなく、ただれてしまうだけで、恐ろしいものです。完成した漆器でも稀にかぶれる人がいますが、それよりも化学塗装の器などを使う事で、表面の化学塗料を体に取り入れていることのほうが、怖くなります。
2004年09月20日
カレー皿とスプーン
大学で指導する機会に恵まれ、若い学生に木工や漆を教えている。前期のテーマは「カレー皿とスプーン」 週1回の授業の中で、学生にも負担であることを承知ながら、出題しました。口の中に入れるスプーンは機能が実感としてわかりやすい。器は展示や講評が最終目標ではないから毎日の生活の中で生かしてくれるとうれしい。指導しながら作品が生まれる瞬間に立ち会えることの幸せを感じています。
スプーンを作るのは小さいのに手間がかかります。そしてそれを漆で仕上げるのもなかなか気を使う部分が多い。その苦労もあってか、使う側にとっては、手に入れると手放せないものになるはずです。特に漆器と組み合わせるスプーンは金属では傷がつくので木のスプーンしかありません。口に入れた時の優しさ、軽い事、カチャカチャ嫌な音がしない事など、手にしてみてわかる心地よさです。
2004年09月19日
収穫
庭先に植えていたバジルを収穫しました。簡単なピザ釜を作ったので、トマトとバジルを植えておいて、ピザを楽しむつもりでしたが、今年は暑すぎて釜に火をつける気がしない。食欲の秋に向けて、乾燥トマトとバジルの塩浸けにしておくことにしました。

乾燥トマトはさらにオイル漬けにされてピザでの出番を待っています。
*レシピ*
洗ったプチトマトを半分に切る。(20個くらい)
塩を適量ふる(まぶすように)
天気のよい日中に、4〜5日干す。
または130℃のオーブンに金ざるごと1時間ほど入れ、強制乾燥
清潔な瓶に、オレガノ小さじ1、ベイリーフ2枚、黒粒胡椒5、6粒、お好みでにんにくを入れる。
(ハーブミックスでも可)
オリーブオイルを材料がかくれるまで注ぐ。
翌日からいただけます。
できれば、一週間ほどおくと美味だとのこと。
2004年08月21日
素地
2004年08月16日
この夏のお気に入り
2004年08月13日
記憶
コンピュータの調子が悪くなったと思っていたら、あるとき突然動かなくなり、書類や写真などが一瞬になくなってしまった。物を落としたりするのと違って探すことが出来ないだけに、妙な諦めの悪さがあった。新しく中身を入れ替え、ソフトなども入れ替えると、今までが嘘のように軽快に動き出した。失ったデータは元に戻りそうにないが、軽快になったパソコンに向かっていると、なにか新学期に新しいノートを用意した様な清々しさにになっている。失ったものは何だったんだろう。本人が記憶喪失なのをいいことに、だいじょうぶなことになっている。
2004年07月16日
ひと裁ち折り紙
建築家の山本厚生さんの「ひと裁ち折り紙」出版記念の講演会に参加した。「ひと裁ち折り紙」とは紙を折っていき、最後に1回だけ直線に切ることで図形や文字を切り出すものです。見ているのとやってみるのとではその感動は大違い。大人たちが折り紙相手に大格闘の末、うまく図形や文字が切り出せた時の顔はまるで子供のようになっていました。
2004年07月04日
BGM


仕事をしていると音が欲しくなる。ラジオをかけて仕事を始めると、ヒットさせるための曲なのかヒット曲なのか、毎日同じ曲がかかり、うんざりしてくる。その時の気分のCDを探し出すと、時間がかかってしょうがないので、聞き慣れた落語のCDをかけることにする。何回も聞いてるから、くすぐりもオチもわかっている安心感の中で、話を聞くのではなく、心地よい声や節回しを聞いている。
2004年06月21日
茱萸


茱萸の実がなっていたので、ジャムにしてもらった。ジャムを作っているのを見ていていつも思うことながら、沢山の実を煮ても少ししか出来ない。大事に食べようと思うのだが、美味しくてついつい食べ過ぎて、すぐになくなってしまう。翌日、半分残しておいた茱萸の実を見たら鳥がすべて持っていってしまっていた。昨年はサクランボを鳥に食べられないようにネットをかけたところ、今年は実をつける気配がない。独り占めはいけないと言われているような気になった。
2004年05月30日
彫刻展
大学の後輩で彫刻家の保井智貴君の個展をみた。三鷹にある手入れの行き届いた洋館での展示で、玄関で靴を脱いでドアをくぐると、保井君の彫刻が座ったり、たたずんでいたりする。普段は生活されているという部屋の窓際やピアノの前といった所での展示が楽しい。彫刻は脱乾漆といわれる技法で素地が作られている。麻布を型に漆で張り込み造形する技法で、試行錯誤しながら制作していたことを思い出します。樹液としてはかたちを持たない漆が、保井君のかたちに寄り添って、いきいきと輝いていました。
2004年05月29日
ツリーハウス
借りている工房の横には大きな木があり、おかげで夏は日差しを柔らかくさえぎってくれています。その木の上にツリーハウスがある。ハウスといっても屋根はなく落ちないように周りを囲っただけのものだけど、ここが楽しい。地上3階建ての高さでミニキッチン付きの約六畳。大家さんが大工さんなのでありあわせの材料で楽しそうに作ってくれた。木の中にいると鳥も間近にやってきます。
2004年05月26日
ウサギ
工房の前がすぐ多摩川という所なので緑が多く見晴らしがいい。そんな土手にあるときウサギを見つけた。野うさぎがいるとは思えないので誰かが捨てたに違いない。半年が過ぎた頃、気がついたら2羽に増えていた。土手の草を食べてる分にはだれにも迷惑を掛けないだろうと静観していると、今度はちいさな赤ちゃんウサギがわらわらと出てきたのです。そんなこんなで家の周りにウサギが走り廻ってる風景が当たり前になってしまいました。捨てウサギは何年、何代重ねれば野うさぎと呼ばれるのだろう。
2004年05月23日
月と菓子パン
あまり本を読まない私宛に出版社より本が届いた。以前弁当箱を買って頂いた作家の方が、エッセイの中でお弁当箱のことを書いてくれたということだった。石田千さんの「月と菓子パン」という本で、文章から察するに、食いしん坊に違いないと確信している。食べることが大好きな人に使って頂だけていると思うとうれしい。
2004年04月06日
デザイン
漠然とデザインやデザイナーという言葉にあこがれていたはずなのに、大学で学んでいる間に芸術、アート、デザイン、コンセプトなどという言葉に嫌気がさしていました。学生の時に何でもない器の形に美しさを感じた時に、それがデザインされているとは感じませんでした。誰かが作ったということも頭にはなく、ただそこに美しい器があるということだけが浮かび上がったのです。デザインやデザイナーの存在が消えて、当たり前のようにそこにある形。そのためには、あらためて、デザインする事、観察し、考察することが必要に感じます。本来の意味でのデザインを考えたとき、デザインするということがこれから、もっと必要で大切なことだと考えています。
2004年04月02日
間
あいまいな素材にあふれた現代の生活空間に、木や漆といった素材があることで、人の心に豊かさや、やすらぎが生まれているのだと、物を作りながら感じています。しかしその素材感や存在感は、さりげなくあればいいのですが、ことさらにその存在感が全面にでてくると、とたんに居心地が悪くなってきます。自身の個展でもこんなに漆器ばかり並べるのはどうかと考えたりもします。一つの物が空間の中で存在感を主張しすぎることに違和感を感じます。
2004年03月30日
The Hotel Upstairs
大学予備校時代の友人が写真集を出した。 藤部明子写真集 The Hotel Upstairs あるホテルを舞台にした写真集で、そこに住むひとたちの日常が切り取られている。写真の手前に友人が居て、カメラを構える姿があると想像すると一枚一枚の写真に臨場感が出てきます。展覧会などへ行くと、絵を遠くから眺めてそこに作者が立っている姿を想像してみたりする。絵や写真を少し遠くから見ているといろんな風景が見えてきます。
2004年03月24日
掌
感動を感動のうちに感じ尽くすような生活をしていないと気がついたころから、もっと思考する一歩手前で、すでに感じている部分を大切にしていきたいと思うようになっています。木や漆を使って制作することは、手触りや匂、音を感じながら制作する心地よさがあり、それは使うときにも、器同士のぶつかる音、手触り、など、見る以上の情報量で心地よさを感じさせてくれる素材です。
2004年03月21日
景色
工房の隣の空地はいい感じに木が景色を作っていて、その先にあるマンションの外壁を覆い隠してくれていました。春には少し遅めに山桜が咲き、初夏に桑の木が実をつけると鳥が集まってくる。大きな金木犀は匂いをふりまき、秋には鬼ぐるみを収穫する楽しみがありました。
それがある日切られることになったのです。マンションの住民から虫が出るとかそんな苦情があったらしい。今日一日でやっつける勢いで朝早くから沢山の人が作業着でやってきて、あっという間に松、杉、桑、胡桃が倒された。花見を楽しみにしていた桜は倒されはしなかったものの、みすぼらしい姿に切られてしまいました。倒された木を材料と見れば、普段使っているものよりはるかに細くて小さな材料にすぎない。木がなくなることで失われたのは風景だけではないことを実感しました。
2004年02月01日
野良屋


壁に掛けてあるカレンダーは野良屋を主宰しているイラストレーターの勝田安紀子さんのもので、お気に入りです。一年を通してストーリー仕立てになっていて12枚、なんでこんな昔のことを見てきたかの様に絵にかけるのか不思議でなりません。なつかしい感じだけど新しい。和紙に刷られたカレンダーの仕立てもかわいい。

ビルエバンスとエディゴメスのデュオのライブアルバム。何枚かCDをまとめ買いしたときに少し聞いて、そのままになっていました。手に入れた当初はあまり気に入っていなかったのですが、この暑い夏にエレクトリックピアノの音色が涼しく、この夏はこのCDが大活躍でした。